彼の文章には、人柄同様力みがない。また、彼は後書に詩を書いていた。ひと、命、世の中などについて、平易な文章で深い洞察を試みていた。重ねて言うが、なんとも力みのないことが彼の良さだと思う。
『あれから』
テレビの報道がきっかけで、十年前犯した罪に対して向き合わざるを得なくなった男の心情を描く。
男は十年間、その事件を忘れないために、そして少しでもその罪を償おうとして、正人を育ててきた。しかし、そのテレビの報道がきっかけで、自分が無意識にその事件から目を背けてきたことに気付き、呆然とする。
「正しい人生を歩んでいるのだろうか」
この問いとともに、主人公は人生に向き合い始める。
無意識が犯す罪を緊張感を持って描写した、良い短編だと思う。
『ほんのりと赤い素肌を隠しつつ、なびくウェアを追いかける』
ユメの心の変化を繊細に描写している。
どっちかな、どっちかなと思わせる最後の暈かし方も絶妙。
『ガーディのきれいな花が咲く窓で』
臨場感のある描写で、銃撃戦の差し迫った様子が浮かんでくる。
三人のチームワークで敵を追い込むチャンスが到来するが、康介はそれを逸してしまう。その時の康介の劣等がうまく書かれている。それともう一つ、この舞台が何ともいい。舞台は、現在使われていない廃れた工場。度々、工場の描写があり、主人公の心理を、特に恐怖心が駆り立てられる様子を効果的に説明している。
『ディザルマート』
軽やかな調子で物語が進行する。漫画研究部とのコラボの際、絵を見て書いたものだが、イタリア人の名前をインターネットで探していたのを思い出す。なんということもなさそうだが、名前にこだわったことで、この作品の軽やかな調子は、一層軽快でわくわくさせるものとなっている。彼は文章の調子に比較的こだわりを持っていたのだと思う。
『争』
科学技術、武器、土地、お金、言語、心、人を消せば、どんなことがあるのだろう。しかし、現実問題それらは消えない。題は理想と現実の『争い』とみても面白いかもしれない。味わい深く、彼の後書と照らし合わせて読むのもいいかもしれない。