足湯倶楽部

 

  早朝、三木はたまたまランニングをしていた。太ってはいない。しかし高校に入学してからの生活をだらけ過ぎて、学校の体育がきつくなってきたのだ。一定のペースで歩道を走る。頬にうける春風はひんやりと冷たくて心地いい。

 

ちょうど神社が見えてきた頃、その神社の横でジャージを着た女の子が、道端を俯きながら歩いているのが見えた。高校生ぐらいだろうか、眼鏡をかけたその子は、道を端から端まで舐めるようにみまわしてゆっくりと進んでいく。その少し変な光景に三木は思わず立ち止まった。しかし、よく見ると必死の形相である。もしかして、何か落としたのか…?コンタクト?!早合点した三木は、とっさにショートヘアのその子に話しかけた。

 

「あのー、何か落としたんですか?」

 

女の子が振り向いた。意外と可愛く、三木は慄いた。

 

「あっ、そうなんです。母にもらったネックレスなんですけど、昨日落としたみたいで…母と父の大事な思い出のネックレスなんです。私も気に入ってて…」

 

俯きがちに話す彼女を見て、コンタクトじゃなかったか…と三木は少し落ち込んだ。しかし、そうも言ってられない。

 

「どんなのなんですか?」

 

彼女が驚いたように顔をあげた。

 

「さ、探してくださるんですか?」

 

引かれたかなー。三木は苦笑した。

 

「いや、おれ暇だから…」

 

言い訳がましいが仕方ない。彼女は困惑している。不審がられてる?!たしかに名前も名乗っていない。三木は焦った。

 

「あっ、おれ狗川(いぬがわ)高1年の三木です。よろしくー」

 

って、絶対に何か間違ってる!なぜに自己紹介?!これはおかしい!ますます焦る。

 

「えっ、私も狗川高の1年です!稲田(いなだ)です。ねぇ、何組??」

 

あまりの偶然に2人が盛り上がる。三木のテンションが一気に上がった。今日ランニングして良かったー!

 

 しばらく話すと稲田は4組だということがわかった。つまり3組の三木とは隣の教室で、体育も一緒だということだ。でも見た覚えがない。なぜだっ?!おれの目って節穴?三木は自分の目が節穴だということに、少なからずショックをうけた。

 

 そうこうしているうちに太陽が上がってきて、時計の針も8時をまわったと、稲田の携帯のバイブレーションがなった。

 

「もしもし。あ、はーい」

 

稲田がしぶしぶといった表情で電話を切った。

 

「ごめん、お母さんがそろそろ帰って来いって」

 

三木もうなずいた。そろそろ朝飯の時間だ。

 

「うん、でもネックレスはいいん?まだ見つかってないんちゃうん」

 

稲田は目に見えてしょんぼりした。でも決心がついたのか、顔をさっとあげた。

 

「正直に言って、怒られてきます!」

 

大変だなと三木が思ったのも他人事だからだ。もし自分ならただじゃ済まない。

 

「じゃあまたね。一緒に探してくれて、ありがとう」

 

彼女が手を振る。せっかくの機会を逃したくないと切実に思った三木はここ最近出してなかった勇気を振り絞って、稲田に「ちょっと待って」と言った。

 

「なに?」

 

「あのさ、メルアド交換せーへん?」

 

心臓が波打っている。

 

「あ、いいよ」

 

と稲田はこともなげに答えた。ふるえる手で携帯をかかげて、赤外線通信をし終えた三木は照れてはにかんだ。彼女は、はにかんでいる三木を見ておかしそうに首をかしげた。

 

 数時間後―。稲田は自分の部屋でごろごろしていた。敷布団派なので、ベットに寝転んでーなどが出来ないのが残念である。

 

 突然バイブレーションが鳴り、心臓が飛び跳ねた。三木君かな?なんて、携帯も開かないうちから期待している自分がはずかしい。三木君、良い人だったなーと稲田はぼんやと考えた。結局あのあと家に帰ってお母さんに正直に言ったところ、「夕菜にあげたんだから、そんなに気にしなくていいのに。それより、そのおかげで出会いがあったんでしょー?」

 

とからかわれ稲田は居たたまれなくなったのである。

 

 不覚にも、どきどきしながら携帯に手をのばす。開いて見ると三木からだった。たわいもないメールがだんだん増えていく。画面に光る『三木裕志(ひろし)』の文字を眺めながら、稲田はこの訳の分からない気持ちに悩まされていた。

 

 

 

   ‐ ☆ ‐ ☆ ‐ ☆ ‐

 

 

 

「女子バレー部に興味のある方、経験者でも未経験でも・・・」

 

「男子硬式テニス部は第一グラウンドで活動してます!」

 

「野球部に入って青春しませんかー?」

 

「文芸部、兼部も出来まーす」

 

朝から校門では部活勧誘の声が飛び交う。言うまでもなく、稲田たち新1年生を入れるためだ。

 

「夕菜っー!」

 

朝から高すぎるテンションで向こうから走ってきたのは、稲田と仲が良い『おすず』こと鈴本凛子である。

 

「おすず、おはよー」

 

「ねぇ、夕菜」

 

「なに?」

 

「何部入るか決めた?あたし迷ってんねんー」

 

稲田は目を細めた。

 

「どしたん、おすず?この前まで剣道部とか言っとったやん」

 

鈴本が口をとがらせる。

 

「だってー。あたし、絶対ついていけへんし。夕菜と一緒が良いなーと思って」

 

「でもあたしも迷ってるでー」

 

「えー、まじか…。なんかないかなー」

 

稲田は鈴本の話を聞いていなかった。ある男子学生が掲げる看板に、目を奪われていたのだ。

 

「ちょっと、夕菜。聞いてないやろ。何見てるん?」

 

我に返った稲田は、その看板を指差した。

 

「あれ、ちょっと面白そうちゃう?」

 

「うん?」

 

そこには…『足湯倶楽部、新入部員募集中!!』とあった。

 

「足湯…?ってどんな倶楽部やねん?!」

 

「さぁー」

 

「行ってみよー!」

 

鈴本は稲田を引っ張って行って、笑顔を振りまく男子学生に話しかけた。

 

「あのー、すいません。足湯倶楽部って」

 

「おぉ!君たちもしかして、入部希望者??」

 

その男子学生が期待に満ちた顔でさえぎった。なかなかのイケメンである。

 

「えーと、まぁ少し気になるというか…」

 

「じゃあ、放課後見学来る?足湯で活動してるから」

 

「あっ、じゃあ行きます!」

 

鈴本はもう完全に乗り気である。相手がイケメンだからって…おすずは単純やなと稲田は少しあきれた。

 

「ねぇ、夕菜も行くやろ?」

 

行ってはみたいけど、鈴本の楽しみに付き合うのもなぁと稲田が考えていると、

 

「お菓子もあるで~」

 

という言葉が降ってきた。それが決定打だった。稲田はさっき自分が思ったことを都合よく忘れた。

 

「是非っ!行かせていただきますっ!!」

 

 

 

放課後、掃除が終わってから稲田は鈴本と足湯に向かった。入学したときに配られた、学校案内の地図を見ながら校内を歩く。

 

「あっ、あれちゃう?」

 

鈴本の見ている方を見ると、かすかに湯気らしきものが見えた。

 

「ぽいな~」

 

今更ながら、やっぱり学校に足湯があるのっておかしい…と思った稲田は少し思った。

 

 湯気のところまで行ってみると、そこには確かに…足湯があった。

 

「お~、君たち一年生?こっちこっち」

 

声をかけてきたのは、看板を持っていたイケメン男子学生である。見ると、普通に足を湯につけている。他にも数人、足湯に足をつけている。

 

「あったかそー!」

 

「って げっ?!」

 

足湯に変なものが浮いている。いや、人だ、セパレート水着を着た、人だっ?!しかも数人浮いている。

 

「な、な、なにこれ」

 

稲田と鈴本は絶句した。

 

「あ~、この人は三年のココさん」

 

「そうじゃなくてっ!」

 

なんで足湯にっ?!

 

「あら、こんにちは。一年生なの?ぜひ、我が足湯倶楽部に入ってね~」

 

浮かんでいるココさんが笑顔で言った。

 

「ちょっとー、有滝(ありたき)、一年生におやつあげーよ」

 

眼鏡の女子がイケメン男子学生に笑って言った。眼鏡がくもっている。

 

「一年生、こっち来てー。靴と靴下脱いで足つけてみ」

 

栗色のショートヘアの女子学生が言った。稲田と鈴本はおずおずと靴と靴下を脱ぎ、その女子学生の隣に座った。

 

「あったかーい!」

 

水面を見ると、浮いてるココさんとその他数人のほかに銭湯でよく見る桶が数個浮いている。

 

「はーい、一年生どうぞー」

 

向こう側からの声に顔をあげると、1つの桶がさざ波をたてながら流れてきた。それはまっすぐに稲田たちのもとに来た。どうやら有滝が流したらしい。

 

「えっ、すごいっ」

 

「有滝は大会でも『流し』やったらいっつも1位やしなー」

 

「大会?」

 

「『流し』?」

 

稲田たちはぽかんとしたが、桶の中に入っているものを見て稲田は声をあげた。

 

「あ~!おやつ~!!」

 

 

 

 約一時間後。足湯倶楽部の先輩たちと、稲田と鈴本はすっかり仲良くなった。

 

「うわぁ~、足ふやけてきたー」

 

隣を見ると、全く変わっていない。

 

「さすが水木(みなぎ)先輩!全然ふやけてないですねー」

 

栗色の髪をふって水木は照れ笑いをした。水木は女性の『湯耐え』の最高記録保持者である。

 

 水面が大きく波立った。ココさんが立ち上がったのだ。思ったより、ほっそりしている。そしてココさんはそのまま足湯から上がった。

 

「う~寒い~」

 

「ココさん、帰るんですか?」

 

「うん。塾、行かなきゃー」

 

そう言いつつ、ココさんは掃除道具が入っているロッカー、いわゆるふつーの掃除ロッカーに入っていった。

 

「えっ?!」

 

驚いた稲田たちに有滝がくすくす笑いながら説明した。

 

「あれ、うちの部の更衣ロッカーだから。シャワー付きね」

 

「めっちゃ狭くないですか?!しかもロッカーって!更衣室じゃなくて?!」

 

「そうやねん~。でも部費足りんくてさ。俺らの活動を生徒会も校長も認めてくれてないねん。なぁ?」

 

「そうそう。大会にも出とうのになー」

 

「そう言えば、泉葉(せんば)先輩は何に出てるんですか?」

 

相変わらず眼鏡を曇らせながら、泉葉はにっと笑った。

 

「菓子コンテスト。足湯の湯だけでチョコレート湯せんしたりして作るねん」

 

「そ、そうなんですかー!」

 

ぎいぎい言う更衣ロッカーのドアを開けてココさんが出てきた。ちゃんと着替えている。

 

「すごすぎる」

 

「テクってるなぁ…」

 

ココさんがにっこりと笑った。もう疲れるから驚くのはやめようと思った、稲田と鈴本であった。

 

 

 

   ‐ ☆ ‐ ☆ ‐ ☆ ‐

 

 

 

 三木は自分の部屋でため息をついた。部活は前から決めていた。しかしー。

 

「あんなんに入っていいんかなぁー」

 

あんな部活に入ったら…変なやつだと思われそうだし、恋愛なんてもってのほかのような気がする。心の友!だってできるかどうか。

 

「裕志―っ、ご飯できたよーっ!」

 

「はーい」

 

三木は入部届けを持って居間におりていった。

 

 食卓にほくほくのご飯が並んでいる。今日はとんかつだ。

 

「母さん、これ書いといて」

 

三木は保護者の名前と印鑑だけが抜けている入部届けを差し出した。

 

「あんた、何部入るん?」

 

3歳年上の姉がとんかつをほおばりながら、言った。

 

「足湯…」

 

「え?」

 

「だから、足湯倶楽部」

 

三木はむすっとして言った。

 

「えーっ!なにその部活?!変なんに入るなぁー。やめときーよ。なぁ、お父さん」

 

ニュースしか見ていなかった父は、サラダを一口食べた。

 

「何がや?」

 

「お父さん、聞いてなかったん?裕志が、足湯倶楽部とかいうのに入るらしいでー」

 

「ふーん。そうかー。…がんばれよ」

 

父の目はまたニュースに戻っていた。

 

「お母さん~」

 

「まぁ、お母さんは裕志が楽しければいいから」

 

「え~!『うちの弟、足湯倶楽部に入っとうねん』なんて言うの嫌だ~」

 

ぶつぶつ言う姉をよそに母は印鑑を押してくれた。

 

 部活選択にまだ不安が残ったが、三木は届けを大事に学校のファイルにはさんだ。

 

 

 

 翌日の放課後。三木は入部届けを持って、足湯へと向かった。仮入部も、友達にばかり付き添って足湯には行けてないから不安である。

 

「三木?お~、久しぶり!」

 

いきなり肩を叩かれる。

 

「いてっ!って有滝さん!お久しぶりです」

 

有滝は三木の中学での先輩である。

 

「三木、お前何部入るん?」

 

「えーと」

 

三木は憧れの先輩前で恥を捨てる決心をした。

 

「足湯倶楽部ですっ!!」

 

有滝は驚いた。そして一気にテンションが上がった。有滝は両手を広げた。

 

「Welcome!俺は足湯倶楽部、副部長の有滝 吉希(よしき)だ!よろしく」

 

「えーっ!有滝さんって足湯だったんですか?!…良かったです…?」

 

「そうやで。言ってなかったっけ?まあ、いいや。そこ、足湯入っといて。入部説明するから」

 

言われるまま、足湯に入る。少し、透き通った湯が薄茶色い。お茶でも入れているみたいだ。数人の先輩たちが足をちゃぷちゃぷやっている。おれの他に誰か一年生は入るだろうか。おれだけとかないよな。

 

「あ~!三木君!」

 

聞き覚えがある、でも一度しか会話してないその声に三木は顔を上げた。

 

「稲田さん!え、もしかして?」

 

「うん、あたしたちも足湯~」

 

「まじで~!」

 

三木はあまりに幸運すぎる気がして、自分の赤くなった顔を足湯のせいにした。

 

「夕菜、知りあいなん?」

 

稲田の横にいるウェーブ髪の持ち主が、興味しんしんに尋ねた。

 

「あ、うん。ちょっとね」

 

「へーえ。あっ、あたし鈴本 凛子。よろしく」

 

「おれは三木 裕志。よろしく」

 

 

 

 30分ほど後。入部説明・自己紹介も終わり、三木たちは足湯でくつろいで、いや活動をしていた。新入部員は三木たち3人を除いて3人。本をいつも持ち歩いている、小鷹(こだか)郁也(いくや)と長いロングヘアーの金本こころ、茶髪・ハーフバックの久利(くり)光輝(こうき)の3人だ。

 

 部長のココさんが優雅に浮いているのを見て、三木は高校生活楽しめるかも!と思うのであった。

 

 

 

   ‐ ☆ ‐ ☆ ‐ ☆ ‐

 

 

 

 足湯倶楽部に入って3ヶ月。もうすぐ8月に入る。学校は夏休みに入っているが、部活はある。

 

「冷たーい~気持ちい~」

 

稲田は足をのばした。足湯はこの季節、お湯ではなく水がはってある。

 

「更衣ロッカー、誰か入ってるんー?」

 

泉葉がロッカーの前で汗をたらしている。と、ドアが開いた。

 

「ごめんごめん」

 

有滝だったらしい。この季節はみんな水着になりたがるから更衣ロッカーがこむのである。

 

「ってか更衣ロッカーほんま狭いしー。男女兼用やしな。更衣室が欲しいわ」

 

「学校に設置してもらえないんですか?」

 

「うん。これも俺らの部費でつくったし、学校は俺らを良く思ってないからなー」

 

「えっ、なんでなんですか?」

 

「そら正味、俺らは年がら年中足湯につかってゆったりしとうだけやしな。大会も有名じゃないからわかってもらえんしなー」

 

「…確かに」

 

「否定は出来ないわねー。でもなんとかなるかも知れないわ」

 

ココさんが入ってきた。

 

「えっ、なんとかなるって…どうやって??」

 

気づくと足湯のみんなが聞いていた。そう、更衣ロッカーは足湯にとってかなり大事な物であるのだ。

 

「ずばり、校長を足湯に招いて活動を知ってもらう!!」

 

「おぉ~!ってそれ、余計だめなんじゃ…?」

 

「いや、まずは仲良くなるべきやろ」

 

「でも、校長と足湯に入るのは普通にさんせーい!楽しそうー」

 

「校長にも水着を持ってくるように言えばいい」

 

「じゃあタキ、頼むわね~」

 

有滝がのけぞる。

 

「え~、なんで俺が」

 

「副部長でしょ?」

 

「ココさんが部長じゃないですかっ」

 

「もう引退したも同然でしょ~あたしは隠居してるのー」

 

有滝は部員を見回した。

 

「じゃあ、三木。おまえがいってこい」

 

「え?!有滝さん、それはないですよ。おれ一年ですよ」

 

「こういう雑用は一年がするもんやし。今から即行でいってこい。あっ、待てよ。稲ちゃんも一緒に」

 

急に自分に回ってきて稲田は驚いた。

 

「なんであたしも?!」

 

「いや、(はな)も必要やと思って」

 

稲田はうなだれた。人と、とくに先生とかと話すのが苦手なのだ。

 

「しゃーないなー。稲田さん、行こう」

 

「う、うん」

 

「いってらっしゃい~」

 

笑顔の部員たちを恨めしげににらみながら、稲田は三木の後を追いかけた。

 

 

 

 廊下を歩いているとセミの鳴き声が聞こえる。吹奏楽部の楽器の音。野球部のかけ声。テニス部のボールを打つ音。サッカー部の試合の歓声。

 

「みんな、部活がんばってるんやなー。あたしらも何かを必死でやりたい」

 

「そうやな。更衣ロッカーがきっかけでもっと良い部活になれば良いな」

 

「うん。楽しいままで」

 

「そうや、最近どう?」

 

「あ、そうそう聞いて~!あんな、最近めっちゃ面白いのん見つけてん!」

 

「おぉ!どんなん?」

 

部活に入ってから、あたりまえだが稲田は三木と普通に会話できるようになっていた。メールの回数もかなり多い。向こうからが大半だが。そして相変わらず、時々だが何かわからない気持ちに悩まされていた。本当は気づいていた。でも認めたくなかった。そういう訳で稲田はいつもその気持ちを消して、気づかないふりをしていた。笑顔で会話出来ることを失いたくないから。

 

三木の白い半袖カッターシャツに、夏がうつっている。今年の冬には、全国足湯選手権がある。もう今から練習しておこうと思う、稲田であった。

 

校長室の前でふたりは立ち止まった。しゃべりながら来たせいで緩んだ頬をしめるためだ。

 

「よし、じゃあノックするで」

 

こん、こん。

 

「はーい」

 

「失礼します!足湯倶楽部です。あの…」

 

「なにかね?」

 

校長先生は、優しそうな顔でおっしゃった。三木は口をぱくぱくさせている。なにというべきかわからないようだ。稲田は思い切って口を開いた。

 

「あの、私たちいちど校長先生を足湯にお招きしたいなと思ったんです。また、ご都合の良い日に来ていただけませんか?」

 

校長先生はにっこりと笑ってくださった。

 

「喜んで行かせてもらうよ。いつ活動しているのかね?」

 

「ありがとうございますっ!毎日です!!」

 

結局校長先生は今月の八日に来てくださることとなった。

 

 

 

   ‐ ☆ ‐ ☆ ‐ ☆ ‐

 

 

 

 知らせを受けた部員たちはかなり喜んでいた。三木と稲田はご褒美にチョコレートを一枚ずつもらった…。

 

「あたしたち…」

 

「犬じゃないんやから」

 

ふたりは顔を見合わせて笑った。三木は瞬間、心を決めた。

 

「稲田さん、あのさ」

 

三木はここでむせた。

 

「有滝さん、このチョコレートになんか入れたやろーっ!!」

 

「あ、ばれた?こしょうと塩ふっといた」

 

「なんでっ!せっかく今…」

 

「今?あ、『良い感じだったのに』?」

 

「だまれっー!」

 

稲田はぽかんとしている。それを見て三木は思い直した。ま、いっか。

 

 

 

 八日、結局足湯倶楽部は校長先生がいらっしゃっても、いつも通りだった。ただ、みんなでお菓子を食べ、お茶を飲み、足湯がもたらす健康について語り合っただけだった。校長先生は冬にもまた来ると約束してお帰りになった。

 

 いまだ、足湯倶楽部の更衣室は掃除ロッカーのままであり、不便だがもうそれに文句を言う人はいなくなっていた。校長先生も、その例のロッカーで着替えたからだ。

 

「それに、やっぱりめんどくさいし。この部活が楽しければいいやん。冬の大会がんばって、賞金でつくれればええやろ」

 

と有滝さんが言ったからだった。

 

 冬の大会、うまくいったら…稲田を有馬の方の足湯に誘おうと決心した三木であった。

もどる