山にのせて

 

秋―。それは山がもっとも美しくなる季節。

 

 朱に染まった葉が落ちていく。両側に雨に洗われた薄緑の草々のある山道を登っていく。ざくざくざく。山靴が立てる音。

 

 高取山山頂の赤い鳥居の眼下には長田の町並み、その奥に海だ。瀬戸内海の雲のたなびく空は紅色に染まっていく。陽は落ちつつ光をなげかける。木々の間に光がきらめく。風は髪を巻き上げていく。

 

 肩とザックを夕日に染めて、山頂への石段を登ってくるひとりの学生がいた。山靴が石段をふむ音が響く。その顔には表情はない。ただ、自らと内で戦っているようだった。地面を見つめ、ただひたすら登る。その果てしなく続く階段に、ぽたりと汗が落ちた。

 

 神主はその姿をじっと見ていた。階段を掃く箒も止まっていた。

 

ここは神域やけん、トレーニング禁止やさかいなー。この言葉は神主の中で義務に逆らって消えていった。そこにあるのは真剣な学生の横顔だけだった。陽を背にして荒々しく息を吐いて登っていく姿は、まるで生きていることの象徴であった。

 

彼は登りきったとき、何を得る?山頂まで行けば、また下りねばならないのに何故登る?

 

筋力か、否。体力か、否。はたまた達成感か。美しい景色だろうか。神主の心に答えが浮かんだが、どれも違う。

 

生きること、生きていること。山のてっぺんに立ったとき、風に吹かれたとき、彼は感じるだろう。胸の高まりを、少しの息苦しさを、懐かしさを。そして生命の力を。そのために彼は山に登る。忘れていた何かを思い出すために。

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