開かずの扉
安堂なつ
夜の学校の倉庫で、目に見えない雲のように、ポップコーンの香ばしい匂いが広がっている。俺はポップコーンを口に頬張ると、換気扇を回した。幼馴染の秋斗に振り回されて肝試しに夜の学校に来たが、秋斗がいつまでも探検しているので、俺だけ先に倉庫でお菓子を広げて休んでしまった。朝に残った匂いで、ここに居たのがばれないように気をつけなければいけない。もう一人の幼馴染の春菜は、「見つかったら怒られちゃうから、夏樹、絶対行っちゃダメだよ」と偉そうに注意してきた。やんちゃ三人組の隊員が断るなんて珍しいなとからかうと、本当は最近学校で噂になっている七不思議の開かずの扉が怖かったらしく、今日は来ていない。
秋斗は探検に行って中々帰ってこない。あいつは子供の頃から、大人が感嘆するほど頭がいいが、今回みたいに突然、無謀なことをいいだす。暇を持て余して、俺は仕方なくジュースの紙パックを捨てに行くことにした。が、――扉が、開かない。開かずの扉の話が脳裏によぎる。学校には夜になると、開かなくなる扉があって、その扉がある部屋は開かずの間となって、中の人はそこに閉じ込められるらしい。――いや、まさか……。夜の学校は思った以上に怖かった。不自然な静けさで何百もの目に見られている錯覚に襲われ、必死でノブを回した。
突然、ゴンと大きな音がして、自分以外の誰かの強い力で、扉を開かれた。
「かったいなー、この扉」
背の高い男の先生だった。見覚えは無いが、それは俺がいつも寝ているせいかも知れない。
「あ、開かずの扉が……」
「開かずの扉? ははっ。怪談だね。これは別だ。換気機器による負圧だよ。中の空気が外に出されて、建物がこうなるんだ」
先生は俺の手の中の紙パックを指指した。ストローで空気を吸い取られて、内側にへこんでいる。
「だから、扉が開きにくくなる」
「なるほど……。あっ、ありがとうございました」
「ところで……、ここで何してるんだ?」
(これはまずい……)
出られてほっとしていると、新たな問題にぶつかってしまった。
先生に見つかった。俺が口笛を吹こうか迷っていると、先生が大げさに両手を打った。
「ああ、そうだ、用事を思い出した。ところで僕は何も見てないんだけど、君は何か見たかい?」
「ええっと、お、俺も同じ……です」
先生が楽しそうに笑っている。いたずら好きの顔だ。それにつられて、俺もちょっとだけ笑った。いたずら好き同士はすぐに仲良くなれる。
「楽しいことは、全力でやるんだ。僕も時々いたずらしてるよ。でも、身の安全は大事に。――またな」
お互い挨拶すると、少し遅れて秋斗が帰ってきた。
「秋斗、帰ろう。さっき先生にみつかった」
さっきのことを話すと、秋斗は首を傾げた。
「……そんな先生いないよ」
俺はアッと声を上げた。いたずらしているという言葉――学校の七不思議の数々。それに、街灯で、秋斗にはいくつも影が出来ているのに、先生には一つも影がなかった……。