小麦粉
教室はひどく冷え込んでおり、もこもことコートを着込んでいてもとても寒い。私も中井も、ダンゴムシのように丸まって座り、せっせと宿題を進める。中井が思い出したように言う。
「そろそろ卒業式だね」
「うん。中井がずっとかっこいいって言っていた、ほら誰だっけ? バレー部の部長とか見られるじゃん」
私は少しにやにやして、中井を見る。
「そう、第二ボタンとかもらえたらなぁ、なんて」
中井は少し顔を赤らめて言う。
「ふーん」私は一層笑みを深めて相槌をうつ。
「しかし、なんで第二ボタンなんだろうね?」
私はふと沸いた疑問を口に出す。
「うーん、よく触れるから……、とかきくけど」
「なるほど……、触れるからね。じゃあ、もらいに行こうか。私も会いたい先輩がいるし」
卒業式がおわり、先輩たちが出てくる。私と中井は先輩たちを待ち受ける。
「あっ、先輩!」
中井はあのバレー部の先輩を見つけたらしく、ぱたぱたと走っていく。私もお目当ての先輩に向かっていく。しずしずと歩く私の手には、はさみとジップロック。準備万端だ。
「先輩、ご卒業おめでとうございます」
私は微笑む。先輩もやや照れたように笑う。
「おう、ありがとう。……ところで、その大きなジップロックは?」
少し怪訝な顔をして、先輩が問う。
「あぁ、先輩の学ランの……、もしいただけたら入れて帰ろうと思いまして」
「あぁ……、なるほど。いいよ」
先輩は納得してボタンを引きちぎろうとする。私はあわててそれを制止する。
「はさみ、持ってきたので私が切ります。あの、怪我とかされたらまずいので、脱いでもらっていいですか?」
私は地面に座り込むと、広げたスカートの上に受け取った学ランをおく。汚さないようにするためだ。私はまだ温もりが残る学ランの前を開く。そしてつややかな黒い生地の裏地に刃をあてる。
「それでは、いただきますね」
私はにっこりと微笑んで先輩を見上げる。
「え……、うん?」
ジョキン
私は切り取った裏地を、ジップロックに丁寧に詰める。そして、しっかり口を閉めて、満足げにため息をつく。薄くなった学ランを先輩に返す。先輩は受け取ったそれをぼんやりと羽織る。私はそのボタンを閉める。第一ボタン、一つ飛ばして三番、四、五。その姿はまるで第二ボタンを誰かにあげたよう。そして、最後に第二ボタンを閉める。そこにはいつもと全く変わらない姿の先輩がいる。
「ありがとうございました」
挨拶して私は踵を返す。
中井が嬉しそうに駆け寄ってくる。そして自慢げにボタンを見せてくる。良かったね、と私は言いながら、抱えた袋をぎゅっと抱きしめる。私の口はとても美しい弧を描いていた。