結局の二人

    ヒヨコ


「だから、悪いんだけど私……あなたと別れたいの」

俺にしがみついた状態の女子が言った。

「なんでだよ……」

目の前の男子が絶句する。そりゃそうだろう。

「言ったでしょ? 今、私が好きなのは、この人なんだもん」

言うなり彼女は、さらに俺にくっついてきた。目の前の男子が鬼の形相で俺をにらむ。

とんだ災難だ。

放課後、たまたま通りかかった廊下で、見ず知らずの男子と知り合いの女子が痴話ゲンカの真っ最中だった。それでこっそり通りすぎようとしたら、いきなり彼女にしがみつかれた。

そして今にいたる。

目の前の男子が叫んだ。

「僕は絶対諦めないから。それも、こんなやつに負けたなんて」

困るばかりだった俺もさすがに腹が立った。

「そっちこそ何だよ。だいたい、こいつが」

と、俺は彼女を指さした。

「お前と別れたいって言ってるんだから、別れてやるのが男じゃないのか?」

「えらそうに説教しやがって……」

かなり険悪な雰囲気がただよい始めたとき、俺たちの間に彼女が涙声で割って入った。

「ごめんなさい。でも、やっぱり私、この人が好きだから」

彼女の目からぱたぱたと床に落ちる涙を見て、男子は舌打ちをした。

「……覚えとけよ」

彼は足音を立てて走っていった。

それを見送ってから、俺は改めて彼女をにらんだ。

「おい、痴話ゲンカに巻き込むなよ。この大嘘つき女」

「んー、ごめん」

俺から離れた彼女には、さっきまでの涙もしおらしさもまったくない。

「でも、通りかかってくれてありがとね」

そう言って涼しい顔で笑う。

ああ、この顔だ。

俺は高校生になるまで十年近くこいつの友人をやってきたが、こいつのこの笑顔にほだされなかった男なんて誰一人知らない。

「でも私、君のことは十年前からずっと大好きだよ?」

「そうやって男をだましてきたんだろ」

「そうかもー。でも今は本気なの」

「誰がそんなの信用するんだよ」

帰りかける俺に彼女は言葉をかけた。

「だって、いつだって最後は私の味方をしてくれるじゃない」

俺は歩きだしかけていた足を止めた。

確かにさっきも、そんなつもりはなかったのにやっぱり、味方をして、男子を追い払ってしまった。

彼女が勝ち誇る。

「結局、君が一番なのよね」

その笑顔を見て俺はため息をついた。

そう、俺も含めて男子は結局、こいつにほだされるのだ。

「ね、一緒に帰ろ」

彼女に引っ張られるまま、俺は歩き出した。