放課後
黒猫
何時頃だったのだろう。
彼女が、僕の中に住み始めたのは。
「どうしたの、ぼーっとして?考えごと?」
彼女は、屈託のない笑顔でこう言う。
あなたのことを、考えていたんです。
何て言える筈もなく。
僕は今日も、彼女の前で小さく微笑むだけーー……。
教室の窓から吹き込む風が、彼女の長く艶やかな髪を優しく撫でる。
「……先輩。こんなところにいて、いいんですか?部活、あるんでしょう?」
遠慮がちに聞いてみる。
彼女は、ゆっくり顔を上げた。
「課題付き合ったげるって言ったじゃない。ほら、手、止まってるわよ。」
「ーー……。」
分かってる。彼女にとって僕は、どうでもいい後輩のうちの一人で、大した想い入れも無いということ。
そのことが、僕にとって堪らなく悲しくてーー……。
思わず泣きそうになって下を向き、額に片手を当てる。
こんなこと、してる場合じゃない。
頭では分かってるんだ。
彼女はもうすぐ、僕の手の届かないところに行ってしまう、つまり転校だ。
そして、僕は彼女に自分の想いを、きちんと伝えなければならないのだ。
「ねぇ、聞いてる?」
「えっ……、す、すいませんっ!!何ですか?」
「ここ、間違ってる。」
「……あ。」
慌てて消しゴムで消して、答えを書き直す。焦り過ぎて、消しゴムがコロリと床に落ちた。
拾おうとして、彼女が先に気付いて拾ってくれる。
「あ、すいません、ありがとうございます……。」
消しゴムを受け取ろうとして、彼女の細く長い指が、僕の手に触れた。心臓がトクンと音を立ててーー……次の瞬間。
彼女にグイッと手を引かれーー。
彼女の頭が、ぽすっと僕の肩に乗った。ーーえ……?
「ちょっ……と、先輩……?」
僕の頬が、一気に熱を持った。鼓動が尋常じゃなく速まり、制御出来ない。
「……しばらく、こうさせて。お願い。」
小刻みに震える肩。細く漏れる息の音。
僕は、戸惑いながら彼女の肩を抱いてーー……。
「先輩、大丈夫です。僕が、側にいてあげます。離れていても、ずっとーー……。」
言ってしまおう。
僕に足りなかったのは、ほんの少しの勇気だったのだ。
「離れてても……、僕は、先輩のことが、大好きです……!!絶対、忘れません……、約束します!!」
「…………!!」
彼女が、涙の溜まった目で僕を見つめた。その姿が、愛おしくて……。
「……ありがとう。」
彼女の腕が、無防備な僕の首に絡みついた。彼女は、頬をほんのり朱に染めたまま、魅力的な笑顔で僕を見つめーー。彼女がすっと踵を浮かせる。
柔らかな光のカーテンが、僕らをそっと包み込んだ。