せかいでいちばん

   梶本真苗



 まだ日差しが強い、初秋の帰り道。


「唯ちゃん唯ちゃん唯ちゃんー」

「……三回も呼ばなくていい」


 いつもどおりのクールな対応に私は少し笑って、隣を歩いている彼を見上げた。彼――黒崎唯と私は、中学三年の夏から付き合い始め、同じ高校に進学した。少し無愛想だけれど優しい彼が私は大好きだ。


 二人で話をしていると、帰り道はあっという間に過ぎてしまう。


「じゃあ、また明日……あ、そうだ、明日は朝一緒に学校行けないんだ、悪い」


 そう言って彼は帰っていった。明日の朝は会えないことを少し寂しく思いながら、私は手を振ってその背中を見送り、彼が見えなくなると小さくため息をついた。

 彼は基本クールで、感情を表に出さない。だから時々、私は不安になるのだ。


「……唯ちゃんは私のこと、ほんとに好きなのかな」


 ――次の日の放課後。彼はいつもどおり、「帰ろ」と言って歩き出した。……でも私は、今朝見てしまった場面のせいで、普段どおりの返事が出来なかった。そのことを訊きたいけれど……訊いてしまったら、もう一緒にいられない気がして怖くなった。


 そんな私の様子を察してか、彼は立ち止まって訊いてきた。


「何か、あったか?」


いつもなら優しく聞こえるその言葉が、今日はなんだかとても無神経に聞こえて――私は、思わずこう言った。


「……私、見たの。今日の朝、みかちゃんと一緒にいたよね?……唯ちゃん、もう私のことなんて嫌いになって、みかちゃんと」「何言ってんだ馬鹿かお前は!」


 彼の怒った声を聞いて、私は我にかえった。彼は続けてこう言った。


「そんな……嫌いとか、そんなんじゃねーよ」

「じゃあ何で?」

「そ……れは、」


少し、言葉を濁らせてから、彼は横を向いて言った。


「……プレゼント、誕生日の」


そう言われ、自分の誕生日が明日だと言うことをふと思い出した。


「相談にのってもらってた、んだよ」


彼の顔を見ると、少し頬が赤くなっている。


「じゃあ本当に、何もないの?ほんと

に……?」

「だから、そうだって」


照れたように言う彼を見て、私は少し嬉しくなった。


「……じゃあ、好きって言ってよ」


 私が唐突にそう言うと、彼は焦ったような顔になる。


「今度……じゃ、駄目か?」

「……今がいいの!」


そう言って、私は彼を見て微笑んだ。彼はまだ少しだけ照れた様子だったけれど、小さな声で囁いてくれた。


「大好きだ、――」


 秋風に吹かれて私にだけ届いたその言葉は、今まで聞いたどの言葉よりも暖かく聞こえたのだった。