今日もこの部屋には日光がよく当たる。今なんて電気をつけなくてもいいぐらいだ。うららかな空気が漂う。
そこに緊張した面持ちの新入生がやってくる。一年前も自分はこんな感じだったが、受け入れる側がこんなにのどかだったとは信じがたい。
持ち方もわからない金属でできた物体が並んでいる。
ユーフォニアムという名前だが、それをわかってない人も多いだろう。
「この楽器は、ここを右腕でつかんで、ここに左手を添えて」
ゆっくりと教えていく。
「じゃ、まず楽器の先についている、マウスピースだけで音を出そうか」
象の鳴き声のような、間抜けな音がする。それもこの感じにあって心地良い。
「楽器で吹いてみようか」
たいてい音は出ない。でも、その子はちゃんと「音」になった。
「じゃ、ドレミファソラシドって上がっていこうか」
一発で「音」になる人ならまだ見たことがある。才能があると感じたのはこれからだった。
「ドの音は一番と三番で」
「レは一と二で」
指を教えるだけで、当たり前のように鳴る。僕が肌寒さを感じる季節まで出なかった音を、このうららかな空気の中で出してしまう。
「圧倒的に僕よりも上手いよ、良かったらユーフォに!」
この後輩は自分を越えるだろう。そう確信していた。
しかし、結局越されてしまったのは欠席日数だけだったみたいだ。
どうも彼女はこのユーフォの音が聴こえていなかったらしい。じゃ、なんでこれに楽器を決めたのかといえば、どうも私たちが褒めすぎたかららしい。
結局月日は流れ彼女に再会することはないまま、ハロウィーンに程近い今日、引退を迎えてしまった。
いつ最後の出会いになってもおかしくない。そう考えて一日一日を過ごすようになったのは言うまでもない。