ンビニの謎

音呼

 

 真っ暗な道を歩く。夜とはいえ、夏は暑い。いつもは人もいるのに、やけに静かだ。湿気の多い風が首に触れる。生暖かさを感じ首筋に手をやった。

 

 目的地まで、あと20メートル。

 

 足音が反響している。誰かに後をつけられていると錯覚するレベル。背後の暗がりを透かしてみても、誰もいない。べとべとさんでもいるのかな、と考えて苦笑を漏らした。

 

 目的地まで、あと5メートル。

 

 明るい光が漏れてるのを見て、安堵する。早く帰って寝たい。はやる気持ちを抑えつつも小走りに進む。

 

 そして、入口が目の前に迫ったその時。

 

 全身の毛が逆立ち、脳が痺れる感覚を味わう。なんとも言えない嫌悪感で、眉根を寄せた。おかしい、いつもはこんな事ないのに。さっき考えたべとべとさんじゃないけど、もしかしたら本当にいるのか。あの妖しくて怪しいやつが。必死に入口に近づく。あと少し。ぐっと手を伸ばしてドアに触れようとすると、勝手に開いて。

 

 

 

 ちゃらららららーん、ちゃららららー

 

 

 

 深夜のコンビニ店員は、無愛想に、必死の形相の俺を一瞥して、作業に戻った。

 

 

 

 

 

 次の日、俺は学校帰りに兄を訪ねることにした。理由は他でもない、昨日の件を相談するためだ。そもそもあんな時間にコンビニに行ったのは、兄に使い走りをさせられたからなのだ。その結果俺は妖怪に会ったかもしれない。今でも、昨日を思い出すと、寒気でぶるっと震える。文句の一つでも言おうと思い、チャイムを連打した。

 

「……おー、昨日ぶりだな」

 

 大学生の特権をフルに利用しているような寝ぼけた顔でドアを開ける兄。もう夕方なんだけど。

 

 

 

 昨日、コンビニでのことを事細かに説明した。兄は、ふんふんと唸りながら、ポテチを貪っていた。昨日の恐ろしさと兄の無関心な態度が相まって、少し誇張したかもしれないが、まぁおおよそは伝わっただろう。

 

「あと、これは今日学校で聞いたことなんだけどさ。最近、深夜の店員が変わってから、学生の来店者数が激減したらしいんだ。それもね、“夜になると妖怪が出る”っていう理由で。俺はここでピンと来たわけ」

 

 ここで一息つく。喋ってる間に兄がつけていたテレビを消すと、仕方なさそうに口を開いた。

 

「それで、お前は何でだと思うの」

 

 気分が乗って来て、名探偵のように、おもむろに指を立てた。

 

「“浮遊霊”だよ。店員についてるんだろうな。クラスの子の目撃証言によると、あの店員、来て早々に変なものを取り付けてたらしいし。本人も薄々気づいてて、よくある除霊の為のものでも買ったんじゃないかな。でもなー、俺はそういうのはちゃんと神社にでも行った方がいいと思うけど」

 

 俺なりの推理を一通り言い終わって、兄は何と言うだろう、と目を細めて見ていると。

 

「俺もそうだと思うわー」

 

「いや、適当すぎないか!?

 

 兄の手からテレビのリモコンを奪って、憤慨した。棒読みで言われても、釈然としないんだけど。

 

「自称現実主義の大学生様は、妖怪を信じないんじゃないんですかー」

 

「めんどくせぇな。じゃあ、もし、妖怪が関係しない真相を知りたいなら、俺も推理してやるよ。俺の推理にお前が納得できたら、言うことを聞いてもらう」

 

 ソファで踏ん反り返って喋る兄。どうせ納得なんかしないだろうけど、少し楽しくなってきた。無気力な兄が俺の話に乗っかるとは。

 

「……明日は雨だな」

 

「は?」

 

 にんまりしてると、頭をはたかれた。

 

「まぁいい。とりあえず、お前には“ヤンヤンさん”の噂を流してもらおう」

 

「“ヤンヤンさん”?」

 

「そう、その名の通り、ヤンキーに怨念を持つ妖怪だな。俺の憶測、いいか、まだ推理じゃないぞ、憶測によるとだな。その店員は昔ヤンキーだったんだ。んで、生前にヤンキーに虐められてた浮遊霊に取り憑かれた。だから、ヤンキーがあのコンビニに行くと、いつか呪い殺されるだろうな」

 

 物騒なことを飄々と言い退けてるな……。ヤンキーは既に死語だが、まぁ言わないであげよう。

 

「……それを広めたら、兄ちゃんは解明できるわけ?」

 

「そうそう。それじゃ、2週間後くらいに、推理を披露しよう。じゃな」

 

 あれよあれよという間に追い出された。というか、なんで俺が手伝うんだ? ……まぁ、いいか。初めから兄の言うことを無視できない無力な弟は、その変な噂を広めるとしよう。

 

 

 

 2週間後、俺は兄とコンビニに向かっていた。無駄に知り合いの多い俺のおかげで、噂は校内のほとんど全員が知るものとなっただろう。……馬鹿みたいと一蹴されてるけど。また、兄だけじゃなく、母や先生にもそれとなく聞いてみたが、みな「そんなことは感じない」としか言わなかった。俺はあの時、確かに違和感を感じたのに。そんなことを喋りながら歩いていくと、コンビニの目の前に来た。ごくり、と唾を飲み込む。そんな俺を気にも留めず、スタスタと店の中に入っていく。……ええい、ままよ! 時代劇で聞いたセリフを唱えて、入口まで走ると。

 

「……ん? あれ?」

 

 何事もなく入口に到着。……あれ?

 

 

 

 ちゃらららららーん、ちゃららららー

 

 

 

 能天気な音を聞きながら、兄の元へ駆け寄る。

 

「2週間前は、確かに変だったんだけど……」

 

「お前にとってはそうだろうな。俺は前から何も感じなかったが」

 

 頭でハテナマークが回ってる俺を見て、兄はお菓子コーナーを物色しながら喋り出した。

 

「ひとつ、それは、未成年にしか感じない」

 

 なるほど、だから母さんも学校の先生も、そして兄ちゃんも感じなかったのか。

 

「ふたつ、それは、新しく来た店員が来てからだった。そして、店員は変な機械をつけていた」

 

 除霊用じゃないとしたら、一体なんなんだ?

 

「みっつ、それは、“ヤンヤンさん”の噂を広めると、なくなった」

 

 まぁ、それはそうか。どこまで関係あるのか分かんないけど。……つまり、そうか!

 

「浮遊霊は“ヤンヤンさん”で、正体を見破られたから消えたのか!」

 

「んなわけあるか」

 

 またもや頭をはたかれた。……えー、どういうことなんだろう。

 

「……分からないだろうし、端的に言おう。原因は、超音波だよ」

 

 ……超音波?

 

「超音波によっては、未成年にしか聞こえないものがある。それに、よく聞こえる奴にとっては、毛が逆立ったり、頭が痺れることもあるだろうな。キーーンって感じで」

 

 確かに、そんな感じの音が聞こえてた気もする。でも、意味が分からない。なんでそんな機械をつけるんだ? 兄は疑問を読み取ったように答えた。

 

「ヤンキー避けだよ、ヤンキー避け。コンビニにたむろってる連中を追い払いたかったんだろうな。そしたら、一般の客まで来なくなった。ここら辺は学生が多いし、損失の方がでかいと予想される。だから、“ヤンヤンさん”の噂を広めて、あと店長に言ってみた」

 

「……もしかして、“ヤンヤンさん”に怖がって、ヤンキーは来なくなると思ってんの?」

 

「こういうのは、意外と当人達には重く感じるもんだろ。多分」

 

 そんな適当な……。まぁ、店長が機械を外したんなら、店長も薄々損失の方が大きいと気付いてたんだろう。俺たち善良な学生も、夜中にまた来れるようになったわけだし。

 

「……まぁ、浮遊霊の可能性もなくはないけど、兄ちゃんの推理に納得したのも事実」

 

「お、納得したか! じゃあ、俺ができたら、えら呼吸で生活するって言ったよな?」

 

「いや死ぬから! 言うこと聞くとは言ったけど、それは死ぬから!」

 

「冗談だって。じゃ、これからもお菓子のおつかい、よろしく!」

 

 使いぱしりは嫌だが、推理に免じて許してあげるか。一人で笑っていると、また頭をはたかれたのだった。

 

 

 

お題

 

「俺ができたら、えら呼吸で生活するって言ったよな?」