猫は帰ってこなかった

雪村

 

 我が家の猫がいなくなった。生後一年に満たない、好奇心盛りの我が家のアイドルである。

 

 3日前の昼食時に姿が見えなくなった。夜になれば帰ってくるかと思い、心配だと騒ぐ妹の訴えを無視して黙らせていたが、日付が変わっても戻ってくる気配がない。

 

 これはおかしい、と家族総出で探すこと、二日。奇跡的に集まった目撃情報は家の近くを通る国道脇の雑木林で途切れていた。

 

 事故にあったのかもしれない、とまたも騒ぎ始めた妹を今度は無視することもできず、何にせよ証拠を見つけるために、僕は一人その林へ行くことになった。

 

 昔から、宇宙人がいる、だのツチノコをみた、だのと怪しい噂が絶えない林に一人で行くのは、僕にとっても中々に勇気がいる行動だった。断じて僕がビビリなわけではない。

 

 いってらっしゃい、と笑顔で僕を送り出した母は、昨日、あんな危なそうなところに可愛い可愛い妹を連れて行けるとでも思っているの? と言っていた。そこには同意できるが、僕のことはどうでも良いのか、母よ。

 

 

 

 兎にも角にも林に着いた僕は、真剣に足元を見ながら歩いていた。そう、真剣に足元を見ていたのだ。途中に落ちていた最新のゲーム機のパッケージや漫画に少し心揺らいだとはいえ、可愛い猫と妹のため、そこに間違いはないと確信を持って言えた。

 

 砂地へ踏み込んだ足から、ズブズブと砂の中へ埋まっていくまでは。

 

 僕を飲み込む砂地は、底なし沼だった。は? 、え? 、と、声をあげてもこんな場所に助けが来るはずがない。なんだこの状況は……と意識が遠くなっていく僕の耳に、ふざけた電子音が聞こえた気がした。

 

 

 

 と、目が覚めた。内臓が浮き上がる感じがする。ふと下を見ると、真っ赤な液体がぐつぐつと煮立っていた。僕は一直線にそこへ向かっていき。どぼん。また、電子音。

 

 

 

 目が覚めると暗くて狭い管の中だった。押し出されるように明るい方へ進んでいく。どうやら入っていたのは土管のようだった。

 

 視界の左上に、何やら模様が見えた。顔の向きを変えても、見える位置が変わらない。黒いハートが二つと、赤いハートが八つ。どこかで見たことがある気がするが、思い出せなかった。

 

 あのよくわからない状況に巻き込まれたにも関わらず、僕の体に起こっている変化はそれだけのようだった。これだけで十分におかしくはあるが。

 

 ぐるりと周りを見る。僕が出てきたものとは、違う土管があった。

 

 物凄く気になる。何があるんだろうか。僕は土管を覗き込んだ。それと同時に、ズズッと土管の中から何かが出てくる。口の形をした不思議な花だ。そっと手を伸ばして、そのまま食べられた。電子音。

 

 今度は走り回るキノコを見つけた。赤い、綺麗な色だ。動いているが、あれは動物なのだろうか、植物なのだろうか。食べてみればわかるかと思って、手を伸ばした瞬間、僕は身体中が痺れて宙に舞い上がった。再び、電子音。

 

 

 

 あの後、さらに覗き込んだ崖から落ち、突然現れた顔のついた砲弾に突進して、気がついたことが三つある。

 

 一つ。此処はいわゆるゲームの中のような世界だった。現実世界では死んでしまうような状況に陥っても死なない。ただ、視界の端の赤いハートが黒く染まっていく。

 

 そしてこれが二つ目だ。

 

 僕が死んでしまうような状況になれば、あのふざけた電子音とともに、赤いハートが一つ消える。

 

 僕のハートは、十個の内、六つが黒く染まっていた。つまり、残りのライフは後四つということだ。不味い。

 

 何故不味いのか。それが三つ目。

 

 この世界に来た僕は、いわゆる好奇心が常の何倍も強くなっているようだった。だから、土管も崖も覗いたし、キノコにも砲弾にも突っ込んだ。

 

 普段ならば、あんな事は絶対にしない。まるで体が操られてでもいるようだった。もちろん最初の二つは問題外だ。しかし、この調子では残りのライフもすぐに使い切ってしまう。

 

 そうこう考えながらも、歩いていると、前に池が見えてきた。水面がキラキラと輝いて、泳ぐと気持ちが良さそうだった。何か大きな魚影が見えたことなんて気にしていられなかった。

 

 あーあ。と思ってそのまま僕は飲み込まれた。電子音。

 

 目の前に、真っ赤なボタンが見えた。ご丁寧にも『絶対に押すな』と書いてある。そこまでされれば、これは振りだ。人間、禁止されればやりたくなるもの。ワクワクと胸躍らせて、僕はボタンを押した。轟音と、電子音。

 

 

 

 気が付けば、ライフも残り二つ。これは由々しき事態だ。このライフを使い切った後、僕がどうなるのかは知らないが、きっと無事では済まないだろう。

 

 しかし、これがゲームなのだとしたら、必ずクリアする道があるはずだ。知らぬ間に空中ではカウントダウンが始まっていた。時間も無ければライフも無い。これは全力で走り抜けるしかない。

 

 そう思った僕は、僕を誘惑する花にもキノコにも砲弾にも負けず、道を突き進んだ。

 

 そして、見えてきたのは高い支柱に掲げられた旗。見覚えのありすぎるそれに、思わず笑えてきた。

 

 不意に、空が暗くなった。おや、と立ち止まり、空を見上げる。

 

 空から、大量の亀の甲羅が降ってきた。

 

 

 

 ゴールまで、残り20メートル。電子音が鳴り響き、残りのライフは一つ。残り時間は三十秒。

 

 僕は走った。全力で走り、支柱に飛びついた。

 

 バンバンと花火が打ち上げられ、伸びた電子音とともに、僕の意識は消えた。

 

 

 

 気がつけば、あの林の中だった。僕は下草の上に呆然と座り込んだ。

 

 

 

 

 

「ドウデシタカ、コノげーむ?」

 

「ヤハリ、ジツブツガイチバンオモシロイデスヨネ」

 

「くりあデキナカッタ、アノケダマモオモシロカッタデスネー」

 

 

 

 

 

お題 「好奇心」