wktk部 エピソード1 真田翔太とwktk部 


「……これで、部活動紹介を終わります」

「ちょっと待ったっ!」

 突然響いた大声に、一年生全員が頭を上げた。体育館のステージの上には、マイクを持った上級生。さっきまで確かに誰もいなかったはずなのに。

 予想外の出来事に体育館の中が一気にどよめく。生徒会のスタッフや教師たちも呆然としている。

 誰も動けない中、ステージの上の男子生徒は、高らかに叫んだ。

「お前らー!」

 キーンというハウリングの音にもかまわず、彼は続けた。

「青春、したくないかっ?」

 予想外のセリフに、ざわめく声が一段と大きくなる。

 それを合図にしたかのように、教師陣やスタッフは焦ってどうにか止めようと走り出した。しかし、ステージの手前にいつの間にか作られていたバリゲードに邪魔をされて、誰も行き着けない。

「高校生になったら、いろんな青春が待っている! 部活動で身体を動かす青春、勉強嫌だと言いながら必死に取り組む青春、気になるあのコや先輩と恋に落ちる青春……だが、これらはどんな高校にでもある、当然のこと!」

 その間にも早口でテンポよく繰り出される言葉に、一年生たちは内心で知らず知らずのうちにうなずいていた。それを見透かしたように彼は声を張った。

「この高校に入学できた『君』だけの青春を、オレたちと一緒に謳歌しないかっ? 普通に高校生活を過ごしているだけでは、絶っ対に体験できない青春が、ここにあるっ!」

 この学校に赴任してきたばかりの新任の教師は思わず声をもらしていた。

「だ、誰なの……?」

「オレたちはっ!」

 彼が名乗ろうとしたとき、いきなり、体育館内の照明がすべて落ちた。いや、それだけではなくマイクもスピーカーも電源が切れ、マイクを通さなくなった彼の声を聞き取ることは誰もできなくなる。

 悲鳴のようにざわめく一年生の前で、教師の誰かが鋭く指示を飛ばした。

「生徒会! アイツを捕まえろ!」

 しかし、真っ暗な中でステージに上がるのは難しい。しばらく時間がたって、生徒会スタッフの一人が答える。

「すみません志藤先生、逃がしましたっ!」

 その言葉通り、再び照明がついたときにはステージに彼の姿はなかった。

 指示を飛ばした男性教師は、チッと舌打ちをして小さくつぶやいた。

「wktk(ワクテカ)のやつらめ……っ」

 偶然すぐそばにいたある女子生徒はそれを聞き取り、一人で小さく首を傾げた。

「わくてか……?」


 *


 ステージから逃走した男子生徒は、誰も追ってこないことを確かめてから体育館の裏手に回った。

 待機していた数人の生徒が彼を迎える。その中の一人の男子生徒が呆れた調子で声をかけた。

「名前言い忘れるって……」

 彼は素直に謝った。

「ごめん! 最後に言おうと思ってたんだけど、志藤と生徒会が何か仕掛けてたみたいで…」

 彼に声をかけた男子生徒がそれを聞き、一人の女子生徒に目を向けた。彼女は肩をすくめる。

「放送関係はハッキングしてたんですが……手動でブレーカーを落とされたみたいです」

 男子生徒は、ふぅん、とうなずいた。


 *


 入学式。僕──真田翔太は前日の睡眠不足が祟ったのか、途中で倒れてしまった。そんな僕を気遣ってか、僕の後ろの席のクラスメイトが声をかけてくれた。

「翔太ー、俺この後、部見学行くけど。お前どうする?」

「僕は……部紹介見てなかったし……」

 部紹介は入学式の後にあったからだ。

「じゃあ一緒に掲示板見にいこーぜ! そういやすげー人たちいたんだ!」

「へぇ……すごい人たちねぇ……」

 僕は部活に入る気はないけれど、一応一緒に行くことにした。

 まぁ、これも付き合いか……。そう思いながら。


 掲示板前に到着した僕たちは、あちこちの部の派手なポスターに隠すようにして貼ってある一枚に気づいた。そこにはこう書いてある。

『wktkしませんか? 最高の青春を僕らと共に! wktk部一同』

 僕はそれを二回ほど読んで、それでも意味をはかりかねた。

「何、これ。ダブリューケーティーケー……?」

「wktk(ワクテカ)……それ! それだよ! 生徒会スタッフの人が言ってるの聞こえた……この人たちだ! やばい人たちだった!」

「やばいって何が……」

 僕がそう聞こうとしたとき、後ろから声をかけられた。

「どうした?」

 振り向くと、生活指導の志藤先生だった。

「この、えっと、ワクテカ部って……」

 僕が例のポスターを指差した瞬間、志藤先生の手が素早く動き、それをはぎ取った。

「見なかったことにしろ」

「「あ、はい」」

 凄みを効かせた先生の声に、僕たちは二人揃って頷く。

「まったく、あいつらいつの間に……」

 志藤先生は、そう呟きながら去っていったのだった。


 僕を誘った友達……言い忘れていたが、彼は佐部という。佐部は志藤先生を見送ってから、僕に目を向けた。

「俺は生物部見に行くけど、翔太はどうする?」

「あー……もうちょっとポスター見てから帰るよ」

「そっか。じゃあまた明日!」

 佐部が去っていった後、僕はもう一度掲示板に目を戻した。ポスターがはがされた場所を何の気なしに見たとき……

「やぁやぁ新入生ー!」

 再び後ろから声がして、僕は振り向いた。今度は上級生の男子が二人。そのうちの快活そうなほうが、僕に話しかけてきた。

「君、wktk部に興味あるっぽいね! よっしゃ、連行ーっ!」

 そこまで一息に言って、その男子生徒は僕の肩に手をかけた。

「えっ、ちょっ、待っ……」

 もう一人のおとなしそうなほうを見ると、誰かと電話で話していた。

「もしもし部長。一名ひっとらえました。歓迎の準備よろしくです……」

 今『ひっとらえた』って? 連れていかれそうなんですけどっ?

 いきなりのことにうろたえている僕の両腕を彼らはガシッとつかんだ。

 何が起こっているのか分からないまま、僕は廊下を引きずられていったのだった。


 僕が連れて行かれた先には、何人かの生徒が待っていた。その中の一人がまず口を開く。

「お、ご苦労様」

 誰だろう、この人……。見たところ生徒みたいだけれど、落ち着きのある人だ。

「俺は三年の黒宮爽夜、wktk部の部長してるんだ。さっきはうちの部員が、ごめんね?」

 もしかしてこの人、僕を連れてきた二人とは違って、まともなのかな……?

 だけど後ろにいる何人かの部員は、僕を見てニヤニヤ笑っているように思えた。

「まずは自己紹介しないとね。君を連れてきた二人は、二年で副部長の煩田と、同じく二年の御伽」

「ちゃーっす。オレ煩田駆な! カッキーって呼んでくれ!」

「僕、御伽皇……。家か部室に生息してる」

「教室はっ?」

 僕のツッコミは当然のごとく無視された。

「で、こっちから三年で会計のロンr……金成、柚ちゃんこと光楽寺さん。彼女は二年」

「ロンリーって呼ぶな! 金成炉だ、間違えるなよ!」

「光楽寺柚乃よ。一応よろしく」

「メンバーはこの五人だよ」

 こう言ってwktk部の部長──黒宮さんが自己紹介を締めると、煩田さんが訊ねた。

「ぶちょー! パーティーの準備できてたんじゃねーんすか?」

「パーティー……?」

 訳が分からず、僕は煩田さんに聞き返した。彼は即答する。

「新入部員カンゲイパーティーだよ!」

「まだ入るって言ってない……!」

 そうは言いつつ、僕は促されるまま──引っ張られるままと言い換えてもいいけれど──部室らしき部屋に入り、出された椅子に座った。どこからともなく、ポテチの袋が僕の前に差し出される。

「どうぞ」

「え、いやそんな悪いです! それに、まだ入るって決まったわけでもないですし!」

 というか入りたくない。

「まぁまぁ……遠慮しなくていいから、ね?」

 黒宮さんはそう言い、優しそうにほほえんだ。煩田さんがポテチを一枚取り出し、僕の目の前に近づける。

「はいっ!」

「じ、じゃあ……いただきます」

 僕は勢いに押され、ポテチを受け取って一口かじった。

 流れる沈黙。

 ……唐突に、御伽さんが口を開いた。

「……食べた?」

「えっ?」

 すると煩田さんも、ニヤッと人の悪い笑顔になった。

「あーあ、食べちゃったんだぁ?」

 その言葉に困惑していると、突然、背後でドアの閉まる音がした。周りをうかがうと、今度は全員が僕を見て、ほんのり笑っている。

「ど……どういうことですかっ?」

 救いを求めて黒宮さんを見ると、彼は先ほどの発言の主たちを見て言った。

「こらこら、そんなコト言わないの」

「……黒宮さん……!」

 やっぱりこの人はまともだ、話が通じる。

 しかし、黒宮さんの言葉はそこで終わりではなかった。

「だって……」

 彼は少し間をおき、にっこり笑ってこう続けた。


「俺たちのだぁーいじな『新入部員』でしょ?」

「……へっ?」


 そして黒宮さんは、僕の前に一枚の紙を置いた。『入部届』、と書いてある。

 名前、クラス、出席番号、住所、電話番号、メルアド……。

 ……気づくと僕は、すべての項目を書き終えていた。

「あれ? 何で書いてるんだろう……?」

 何でも何も、周りの人々の無言の圧力に負けてのことなんだろう……と書き終わってから思う。

 柚乃さんが僕の前からすっとその紙を取った。

「はい、回収。部長、どうぞっ!」

 受け取った黒宮さんはにこっと笑う。

「ありがとう、柚ちゃん」

「部長……!」

 柚乃さんは嬉しそうに黒宮さんを見つめていた。

 一方、『入部届』が黒宮さんの鞄の中にしまいこまれたのを見送った僕の口からは、独り言がこぼれる。

「僕もう絶対騙されない……」


 こうして、僕の長い一日は終わりを告げたのだった。……悪い状態で。


 *


 ──そして、そんな彼らの様子を物陰からひっそりと見ていた人影が一つ。

「私が、助けてあげなきゃ……!」

 彼女は決意を固めるようにつぶやき、その場から去っていった……。



                                続く