天井裏わーるど2


       夢未リト


放課後。少し冷え込む廊下を、教室へと向かって歩いていく。

 俺――青葉 洋晴(あおば ひろはる)学校の廊下と天井の間に住まう生き物――妖精と知り合ったのは、つい二週間ほど前の話だ。だけど委員会の仕事でここ一週間くらい忙しかった俺は、最近妖精に会っていない。今も仕事を終えて、職員室から帰ってきたところだ。

「妖精って飢えたりすんのかな……」

一人呟きつつ、閉まった扉の前に立つ。そして俺は、扉に手をかけた。

 ――そこにいたのは妖精たちと、知らない男子生徒。誰だろう、そう思う間もなく……


頭上から複数個、キャンディが落ちてきたのだった。



「ごっめんて!機嫌直してくれよー」

 へらっと笑いながらそう言ったこの人は、二年の鷹井陽成(たかい はるなり)というらしい。この人も、妖精のことを知っている人のうちの一人だ。俺たちは軽く自己紹介をし合った。

「この前はありがとーな、アオバ!俺のことは、タカって呼んでくれ!」

 この前……何かしたっけと思いつつ、差し出された手を握り返し、俺は目の前の相手を見る。顔は良いけれど雰囲気が軽い……あと、誰かに似ている気がする。そんなことを考えていると、彼はポケットからキャンディ(納豆みかん饅頭味)を取り出し、妖精たちに渡し始めた。やっぱり、どこかで会った……?

「――っあ!」

「お!?いきなりどーしたんだ?」

小さく叫んだ俺に、キャンディの束を持ったまま彼は振り返った。

「あの駄菓子屋の、おばあさん!」

そうなのだ。よく見ると、目元と口元がよく似ている。案の定、

「あー、そこウチだ!たかい商店、だろ?」

そこは彼の家であり、俺が会ったのは彼の祖母だったようだ。ということは、前に妖精たちが言っていた「風邪をひいた人」というのも、この人か……。俺はやっと、彼の発言の意味が分かった。

 ふと思い出したように、彼が話しかけてきた。

「そーいや、アオバ、お前妖精の仕事については聞いたか?」

「あー……はい、詳しくは聞いてませんけど、確か『しあわせをふやす』って言ってた、ような?」

俺が言うと、うんうんと頷いて、

「まーそんな感じだな!厳密に言うと、別に勝手に作って増やしてる訳じゃねーんだ。なんと言うか……ちょっと手助けをする……?んー……あー、説明難しーわ」

そういって彼は、にっと笑った。

「見たほうが早い!」



「……これは一体」

 ここは学校近くの商店街。何だかいつもよりも、周りのものが遥かに大きく見える……わけではなく。

「何のためなんですかね」

俺と鷹井先輩、そして妖精たちは、商店街の柱の陰に隠れていた。……全員が妖精サイズになって。

「まーいいじゃん?こんな体験滅多にできないぜー?」

「滅多にというか普通に暮らしてたら無いですからね!?」

相変わらずのへらっとした笑顔と言動に、ツッコミを入れずにはいられない。学校を出て早数分、何だか疲労が溜まってきた。

「まぁまぁ、妖精サイズも似合ってんぞ(笑)」

「(笑)って何ですか(笑)って……」

 早く妖精たちの「仕事」というものを見て、さっさと元のサイズに戻りたい。……そう思っていた矢先、

「きましたきましたぁ!」

妖精たちのうちの一人が小声で僕たちにそう言った。柱から身を覗かせて見ると、パン屋の前に一人の女の子が立っている。四、五才くらいの小さな子供だ。母親でも待っているのだろうか、つまらなさそうな顔をして、足元を見つめている。

「ちゃんと見とけよ?気付かねーかも知れないからな」

 どうやらこれから起こるのは、ふとしたら気付かないほどの小さな事らしい。俺は女の子の周辺にじっと目を凝らした。

「じゃー行こっさ!」「おうよ~」

そう言い、二人の妖精が女の子の上空に飛んでいった。二人とも、開封済みのキャンディを手にしている。姿は……どうやら、周りの人たちには見えていないようだ。二人はキャンディを口に含……

「ちょっと待ってくださいあれって人間サイズですよね!?」

見ると、キャンディはすっぽりと口のなかに収まっている。ただ、頬が異様に膨れてはいるが……。

「あー……まぁ、気にしなくていんじゃね?」

……とりあえず、そういうことにしておこう。気を取り直して女の子のほうに向き直ると――なんと妖精たちの手から、淡く光る粉末状のものが出ている。それはスノードームの雪のようにはらはらと落ち、女の子の体や地面に触れて、きらきらと音をたてて消えてゆく。

「きれー……」

俺は思わずそう呟いて、しばらくその光景に浸っていた。……すると横にいた先輩が、俺に耳打ちをしてくる。

「アオバ、あの子の足元だ!ほら――」

 言われて目線をやったその先には、先ほどの光る粉末が集まってきていた。そして……

「花……?」

その場所から光が消え、あとには一輪の花が咲いていた。間もなく女の子はそれに気付き、嬉しそうにそれを摘み取った。そして店から出てきた母親らしき人に、その花を渡している。――すると、女の子と母親の上空辺りに、きらきらした何かが浮かび上がってきた。それはその場でだんだん集まって行き……最後には、透明に輝くハート型の石になった。妖精たちが、それを持ってこちらに戻ってくる。

「これは……」

「しあわせのかけら、とよばれておりますの」

俺の問いかけに、妖精たちが答えてくれる。

「これをあつめてクニにおくる、それがおしごと!」

「ぼくたちのクニ、これのチカラでつくってるのです」

へぇ…と言いかけて、ふと思った。「国をつくる」材料を集める――そんな大切な仕事をするために必要な、あのキャンディ。

「あのキャンディって一体……?」

俺は一人、そんなことに頭を悩ませたのだった。



 教室に戻ると、妖精たちがハート型の石――『しあわせのかけら』を、住みかに運び込んでいるところだった。他にも何人かが外に行っていたらしく、それは複数個あった。

「せっかくなので見ていくー?」

と、俺を呼ぶ声がして上を見上げると、住みかの入り口あたりで妖精が手招きをしていた。どうやら妖精の住みかにお呼ばれされている、らしい。……そういえばまだ、俺たちは妖精サイズのままだった……。

「お、おじゃましま~す……」

恐る恐る扉をくぐって天井裏に入った俺は、目の前の風景を見て驚きの声をあげた。

「う……わぁ……っ!」

普段授業を受けている、教室の上――そこには、ミニチュアのように可愛らしい町並みが広がっていたのだ。

「な、すっげーだろ?」

と言った鷹井先輩は、前にも来たことがあるらしく、すたすたと歩いていく。俺もその後を追いかけ、俺たちは教会のような建物に入っていった。

 建物の中には、何人かの妖精がいた。その全員が、神父やシスターのような服装をして、祈りを捧げる姿勢をしている。……そしてその視線の先には、『しあわせのかけら』が浮かんでいた。

「……なるほど」

俺にも、彼らが何をしているかを推測できた。妖精たちをそのまま見守っていると、『しあわせのかけら』はだんだん透けて、そしてきらきらと消えていった。

「……すげーな。」

そうつぶやいた俺を前に、妖精たちは小首をかしげている。だけど俺は、こんなに不思議できれいな場所が案外近くにあったことを知って、驚きと同時にわくわくする気持ちを抑えられなかった。

「あ、あの、鷹井先輩……」

 俺がそう言いかけて振り向くと、先輩は笑って、

「行ってこい!折角なんだ、ちゃーんと観てこいよ?」

と言ってくれた。行ってきます、と言いながら、俺は早くも走り出していた。



 ――そしてしばらく時間が過ぎて辺りが暗くなり始めた頃、鷹井先輩と妖精たちが俺を迎えに来てくれた。教室に戻ると、何故か時計は天井裏の町に行く前の時刻を指している。妖精の話によると、人間の世界と妖精の世界では時間感覚などが違うそうだ。

「今日はありがと、いろいろ見せてもらっちゃった」

 俺がそう言うと、妖精たちは嬉しそうな顔をした。なんだか、こちらの気持ちまでふわっと温かくなる。

「鷹井先輩も、ありがとうございました……じゃあ、さよーなら!」

「おー、気を付けてな!」

軽く会釈をし、俺は教室を出た。



 今日見たたくさんのものを思い出し、足どりが自然と軽くなる。家に帰って、家族の誰かにこの話をしようかとも考えたが、信じてもらえるか分からないし、何より、話したところであの感動のような気持ちは解らない、と思った。自分たちだけが解る「秘密」みたいだと、子供みたいに嬉しくなって、一人でくすっと笑ったのだった。


 ――その時の俺は、妖精と俺たちに近づいていた波乱をまだ知らない……。