天井裏わーるど

     梶本真苗


 放課後の校舎を、俺は教室に向かって走っていた。

「やばいやばい……ノート忘れた……」

急がないと、門の閉まる時刻になってしまう。俺は教室の扉を開けて、机に向かった。

「……え」

 ―たどり着いた俺の机の上には、ノートと、小さな動くモノが乗っていた。



「……?」

 小さな生き物―マンガやアニメで見るような、二頭身の人間みたいな生き物―は、こちらを見て首をかしげている。俺は、おそるおそる声をかけた。

「……どちらさま、ですか?」

 何故敬語を使った、俺。

「いわゆる、ようせいさんですぞ」

返事が帰ってきた。言葉は通じるようだ……。

 俺は今まで見たこともない(というより、現実世界で一生見る予定もなかった)生き物―妖精に興味津々だった。もっとも、相手はそんな感じではなかったが。

 色々と聞いてみたところ、彼らは校舎の中、詳しく言うと、「廊下と天井の間のすきま」に住んでいるらしい。しかも、結構な数がいるらしい。床の強度は大丈夫なのか。

「はぁ~……」

 憧れていた二次元生物との邂逅に喜びと驚きで溜め息をついていると、いつの間にか増えていた妖精たちが俺に話しかけてきた。

「あなたのおなまえは、なんですか?」

そういえば、俺は自分のことを何も言っていなかったのだった。

「俺は青葉 洋晴(アオバ ヒロハル)。この学校の一年生。……よろしく?」

そう言って俺が手を差し出すと、相手も小さな手を差し出して、こう言ったのだった。

「じゃあ、ボクたちにキョウリョクしてくれるっ?」

ワッツ?協力とは?

「よーするに、いろいろ……んー、いろいろ……くれる、人?」

つまり、プレゼントのようなものか?……妖精のパシリ?まあ、何でも良いか。

「……うん。よろしくね、皆」

「よろしくですぞー」

 こうして俺は、「妖精」たちのお知り合い、もとい使い走りとなったのだった。



 次の日。

「……おなかすいた、ですぞ」

 妖精たちが、恨めしそうにこちらを見ている……気がする。

 今は昼休み、つまりご飯の時間。俺はサンドイッチを頬張りながら、教室の扉の上あたりを見る。やっぱり、何か言ってる気がする。

「さんどいっち……たまごの、さんどいっち……」

 はぁ……と俺は溜め息をつきつつ、タマゴサンドを一つ袋にしまった。もともと小食だから、一つくらいなら支障はないだろう。全く、欲しいなら出て来ればいいものを……と考えた俺は、ふと疑問を感じた。

「これって、他に知ってる人は……?」



「いるですよ?んー、ちょっとだけ」

 がらんとした教室でタマゴサンドを食べながら、妖精たちは答えた。何だ、じゃあ俺いなくても平気―

「でもいま、ひとり、かぜひいたといっておりましたのですぞ」

つまり補欠か、俺。しかも「ひとり」風邪ってことは、知ってる人は複数人……。まあいっか、と俺は椅子に座り、妖精たちを眺めた。妖精たちはタマゴサンドがお気に召したらしく、幸せそうな顔をしている。―すると突然、教室の上のほうから、小さなチャイムのような音が聞こえてきた。続いて、アナウンスらしき音声。

「ぴんぽんぱんぽん~。えー、ちーむにのご、しゅうごう~」

 チーム二の五?俺のクラス?……とか考えていると、さっきまで平和そうにタマゴサンドを食べていた妖精たちが、一斉に住み処(廊下と天井の以下略)に向かって飛んだ(「飛んだ」と言ってもジャンプだった。羽はあるけれど、使うと疲れるらしい)。そしてそのまま住み処の入り口に集まっていく。と、一人の妖精が手招きしている。どうやら、俺も話に参加させらせるようだ。手近な机に座り、上を見上げる。

 少しすると、住み処の中から声が聞こえた。

「きみたちをあつめたのはほかでもない……あのことですぞ」

あの事って……なんだろうか。深刻そうな声に、少しドキドキする。会議なんてするくらいだから―敵でも攻めt

「ああ……ついになくなって……!」

「だいじな……きゃんでぃ……!」

きゃんでぃ?

「なんとかあのひとがもどるまでは、もちこたえようと……おもったのですが」

中にいる妖精が、俺に話しかけているようだ。少し申し訳なさそうな声色だ。

「あの……何の事ですか?」

俺が聞くと、その妖精はこう言った。

「きゃんでぃを……もらってきてほしいのですぞ」



「ここか」

 さっき妖精たちを呼び集めた妖精(妖精たちをまとめているリーダーだそうだ)から地図をもらい、学校から徒歩二分。俺の目の前には、少し古風な駄菓子屋があった。

「えーっと……あれ?確か、納豆みかん饅頭味って聞いたんだけど……」

俺が探しているのは、最近子供に大人気のキャンディ「キュッパキャップズ」だ。これのシリーズ自体は置いてあるが、言われた味は見当たらない。俺は、「納豆~みかん~まんじゅうぅ~」と呟きながら、店内を探し歩く。下のほうの棚を見ていると、ふいに頭上から声がした。

「何かお探しですかい?」

 はっとして顔を上げると、そこには優しそうなおばあさんがいた。この店の人らしい。俺は探し物について聞くことにした。

「この店に、納豆みかん饅頭味のキャンディ置いてませんか?キュッパキャップズっていう……」

「ああ、あれね、ちょいと待ってておくれ。」

ここにあると妖精たちには言われていたが、正直ダメ元だったので(味の名前的に)、以外とあっさり返事が来て驚いた。あるのか。

 少し待つと、店の奥からおばあさんが出てきた。十数本ほどのキャンディーを持っている。

「お代はいいからね、妖精さんたちをよろしく頼むよ。」

そういうと、おばあさんは店の奥に戻っていった。……うん、知ってるのか。俺はおばあさんに軽く頭を下げて、駄菓子屋を後にした。



 教室に入ると、数人の妖精たちが俺を待っていた。俺はキャンディを机に置く。

「はいこれ、キャンディな。」

「感謝ー」

妖精たちはキャンディを拾い集め、住み処へと運んでいった。

「妖精ってキャンディも食べるのか……」

 俺がぼそっと独り言を言うと、机の上に戻って来ていた妖精が返事をした。

「はいなー。でも、食べるだけではありませんぞ」

俺は、妖精たちが「だいじなキャンディ」と言っていたのを思い出して、訊ねてみた。

「何かに使うのか?」

「このきゃんでぃをたべたら、『しあわせ』をふやせるようになるのです」

妖精は笑顔でこう答えてくれた。

「それがわたしたちのおしごとですの」

 俺は今日、こんな小さな妖精たちにも仕事があるということを初めて知った。すごいなぁと、小さく息をはく。すると、妖精たちのうちの一人が俺にキャンディを差し出してきた。

「今日はありがとございました。助かりましたぞ」

その言葉に俺は微笑んで、キャンディを一本受け取った。

「じゃーな」

「またあした~」



 突如として俺の日常に入り込んできた不思議な生き物たち。最初は何かの冗談かそれとも夢かと思っていたけれど、手元のキャンディを見て、現実なんだと改めて実感した。出会ってからまだたった二日しか経っていないけれど、俺のなかではすっかり妖精の存在が定着してしまったみたいだった。

 きっとこれからも、俺は妖精たちの手伝いやら何やらをすることになるのだろう。なんとなくだけれど、そんな気がした。

「……ま、それも悪くないかな」

俺は小声でそう呟き、もらったキャンディを口に含んだ。

「……うま。」