自縄自縛
檸檬
あるところに、ひとりの少女がいました。
少女はとても恵まれた環境で育ちました。
おいしいごはん、丈夫な家、可愛い服。
家族みんな仲が良く、学校にも通いました。
けれど、少女が持っているものは、学校の中では普通のものでした。
「旅行に行ったよ」と自慢する友だち。
「お手伝いさんがいるの」と得意そうな友だち。
「ごはんがおいしいの」、「私の家、とっても丈夫なのよ」、「可愛い服も買ってもらえるわ」と、少女もその輪の中に入ろうと努力しました。
けれど、返ってくるのは「そんなの普通だよ?」という言葉。
少女は焦りました。
「私が特別だと思っていたことは、特別ではなかった」その想いが、少女を更に追い詰めました。
「私はなぜ生きているの?」「私みたいな子が沢山いるなら、私はいらない子じゃないの?」少女は問いかけます。
答えをくれる人は誰もいませんでした。
大人たちはみんな、「いつかわかる日が来る」とか、「いらない子なんていない」などと言うだけでした。
少女は、自分の価値がわからなくなりました。
「他の人と違うなにかを」
そう考えた少女は、他の人がしないことをしたいと思うようになりました。
少女は必死で自分にできることを探し始めました。
勉強はあまり得意ではない。
そんなに可愛い容姿でもない。
運動も得意とはいえない。
ゲームはやったことがない。
考えて、考えて。頭から湯気が出るほど考えて、人よりも優れた所を見つけ出そうとしました。
でも、見つけることはできませんでした。
少女はとても悲しみました。
自分には、生きている意味がないと思ったからです。
でも、死ぬことはできませんでした。自分には、死ぬほどの価値もないと思っていたからです。
そうして沈んだ気分で過ごしていたあるとき、体育の授業。
その日はマット運動で、ブリッジをすることが課題でした。
運動は苦手な少女でしたが、体は柔らかかったので、少女にとってその課題はとても簡単なものでした。
しかし、普段とても運動ができる子にとっては難しいようで、苦戦していました。
結局その日ブリッジができたのはクラスの半分以下で、その大半はすぐに崩れてしまっていました。
授業が終わって、「どうやったらあんなに綺麗にブリッジできるの?」、「コツってある? 教えてほしい!」という子がたくさん少女の元にきました。
その時少女は閃いたのです。
「そうだ、ブリッジをしたらいいんだ!」と。
そうすれば、私も特別になれると。
その日から、少女はブリッジをし続けました。
初めは、周りの人たちから変な目で見られていましたが、ブリッジのあまりの美しさに、思ったことを貫く少女の強さに魅せられ、次第に尊敬されるようになりました。
少女は、やっと生きる意味を見つけることができたと思いました。
そして、自分に呪いをかけたのです。
この先も、ブリッジで生活することを忘れない為に。
「ブリッジで移動しなければ不幸になる」という呪いを。
***
月日は流れ、ブリッジで移動する名物小学生だった少女は、名物中学生となり、今度は名物高校生になりました。
呪いは未だにかかったままです。
しかし、高校では、今までと違うことがありました。
周囲の人の目です。
小学校で始めたこの習慣は、中学校でも普通に受け入れられていました。
公立中学校だったため、周りにも知り合いが多くいました。
でも残念ながら、高校では知り合いがほとんどいませんでした。
少女のことを「変だ」と形容する人の方が、圧倒的に多かったのです。
そんなある日、事件は起きました。
「高校生にもなって、あれはないよね」
「まともな人間に戻してあげないと可哀想」
若者特有の正義感。
それも、本人にとっては迷惑極まりないもの。
同級生が、少女に無理やりブリッジで移動することを止めさせました。
「ブリッジで移動しなければ不幸になる」という呪いを知らずに。
少女は半狂乱になりました。
自分が自分であるために必要不可欠なものを突然奪われたのですから、取り乱すのも無理はありません。
どうしよう、どうしよう、どうしよう!
これを奪われたら、私には生きている価値がない!
以前はそれでもよかった。死ぬ価値すらなかったのだから。
しかし、今の私には、死ぬ価値がある。
……死ぬしか、ない。
少女にとっては、それ以外の選択肢など、なかったのです。
***
──高校。屋上。
少女は、ブリッジを止めさせた同級生への当てつけに、昼休みの屋上から飛び降りることにしました。
フェンスのない一角。
あと一歩進めば、少女の世界は終わります。
ゆっくりと息を吐いて、足を前へ動かして。
少女は空中へ落ちていきました。
地面に赤い華が咲いても尚、彼女は美しかったといいます。
「不幸になる呪い」とはいいますが、そんなもの、本当にあったのでしょうかね。
***
タイプ音が止む。書き終わった瞬間に訪れる、小説と現実とのズレに慣れる日は、当分来ないのだろうと思う。
「お! 書き終わったのか? さすがは俺の見込んだ小説家だな!」
「何言ってるの? 私なんてまだまだよ」
「これこの間から書いてた自伝か? ……ってこれ! 最後ものすごいバッドエンドになってるけど……」
「仕様よ。物語全部がハッピーエンドとは限らないわ」
「せめて少女の今後を想像させる余地とかさぁ」
「私は幸せになれたのだから別にいいじゃない。この物語はフィクション。実在の人物及び団体その他とは一切関係ないのよ」
「まあそれもそうだけど……。おまえそんなだから『バッドエンドメーカー』とか言われるんだぜ?」
「あら、私自身の物語はそんなのじゃないわ。変えてくれてありがとう、ハッピーエンドメーカーさん?」
「まだ終止符は打たれてないけどな。最後まで期待しろよ?」
「そうね。期待してるわ」
自分でかけた呪いのことくらいはわかっている。禍福は糾える縄の如し。幸せを感じた分だけ、小説はバッドエンドにする。それが、私がこれからも平穏に生きていくために必要なこと。それにしても、本当に呪いはあるのだろうか。不幸になるくらいなら、一度くらいは体験しておいてもいいかもしれない。
そう思いながら、パソコンを片付けた。
〈お題〉
ブリッジ以外で移動すると不幸になる呪いにかかった高校生