「プローデ、あなたの故郷って、とても素敵なところね。」
「ありがとう」
「街並みがすごく綺麗で運河がいっぱい流れているんだもん。あっ!ゴンドラが流れてきた!わたしも乗ってみたーい」
「乗せてあげるよ、機会があればね。」
プローデは、はしゃぐファータを見てにっこりと微笑んだ。ゴンドラが波を立てながら、二人の横を通り過ぎる。
「プローデ、ここは何という街なの?」
「ここはオルコっていう街さ。」
「オルコっていうんだ。こんなところ生まれて初めて来たわ。わたしの住んでるところとは大違いよ。運河もないし、ゴンドラもないし、だから嬉しいわ。誘ってくれてほんとにありがとう」
「いや、ただ僕の生まれ故郷を紹介したかっただけさ。僕はこの街が好きだからね。今度はファータ、君の故郷を紹介してくれよ。」
「わたしの故郷なんか見てもつまんないよ。それでもいいの?」
「あぁ、別に構わないさ。もちろんそんな時間があったらね。」
この地域特有の暑い日差しが二人を照りつける。
「よー、プローデ、どこ行くんだよ。その女の子誰だ?あまり見ない顔だな。」
「やぁ、ちょっとね、・・・案内してるんだ。」
プローデはすれ違った友達に話しかけられたが、その対応が少し不自然だとファータは感じた。
「今のって友達?」
「あぁ、」
「じゃあ、あの子の名前は?」
「えっと・・・それより、ほかに聞きたいことは?」
「じゃあ、あの子もあなたのお友達?」
ファータはそう言ってプローデの後ろを指さす。そこには、スカーフを巻いた青い猫がいた。
「いや、違うけど――」
「でも、さっきからわたしたちの後ろについてくるよ。」
ファータは猫に歩み寄りしゃがんだ。スカーフにはディザルマートと刺繍してあった。
「あなたディザルマートっていうのね。かっこいい名前ね。なんでわたしたちについてくるの?」
猫はファータの手を引っ掻いていた。まるでファータの手を引っ張るように。
「何か伝えようとしてるみたい。どーしたの、猫ちゃん?」
「みゃーお」
青い猫はファータの目をじっと見つめている。
「猫の言葉がわかればいいんだけど・・・、ごめんね。」
プローデはファータと猫のやり取りを聞いてにっこりと微笑んでいた。
「ファータ、行こうか、もうそろそろ。」
「どこへ連れてってくれるの?」
「さぁね?秘密だよ。」
「じゃあね、猫ちゃん。バイバーイ」
ファータが立ち上がる。ファータの手と青い手が離れた。青い手は必死にファータの手に食らいつく。
「みゃーーお」
猫は前よりも大きく鳴いた。しかし、ファータはバイバイと手を振りプローデと行ってしまった。
「どこへ行くの、プローデ?」
「ここを曲がればもう到着だよ。」
そう言うと、プローデが指をさした。さした指の先には、さっきまで歩いていた道とは違い、日が当たらないために暗くて狭い道があった。
「ほら、おいで。」
ファータがその不気味な道へ歩き出そうとしたとき、
「みゃーーーお」
スカーフを巻いた猫が叫ぶようにして走ってきた。そして、二人の目の前に立ちはだかった。青い猫は毛を逆立たせながらプローデをにらみつけている。
「どうしたの、猫ちゃん?」
ファータがやさしくたずねる。しかし、猫はプローデをにらみつけたままだ。すると、プローデはため息を吐き、猫に歩み寄った。猫は一歩、二歩とあとずさる。そして、猫の耳元で囁いた。
「お前は、今はただの青い猫だ。どうすることもできない。抵抗したければ、すればいい。そのかわいい手でやれるならな。だがその場合、俺の前では無力だと実感することになる。じゃあな、ディザルマート。」
「プローデ、何言ったの?」
「さぁ、行こうか、ファータ。」
二人は青い猫を通り過ぎ、先へと進む。青い猫の手は力が入っていた。爪が地面を強く傷つける。猫は体を奮い立たせかと思うと、素早く振り返り暗い道を駆けていった。
以来、三人を見たものは誰一人いなかった。